ホーム アイドル・グラビア 【歴代の全体像】オメガトライブは3つの時代に分かれる

【歴代の全体像】オメガトライブは3つの時代に分かれる

榊原 真央 榊原 真央 • 更新: • 公開: • 読了約 25 分
目次

オメガトライブという名称は、特定の6人だけで構成されたバンドを指すものではありません。音楽プロデューサーの藤田浩一を中心に、作曲家の林哲司、和泉常寛、編曲家の新川博らが制作に携わり、ボーカリストを交代させながら展開した音楽プロジェクトの総称です。

レコード会社のバップも、公式プロフィールで杉山清貴、カルロス・トシキ、新井正人という3人のボーカリストを軸に、プロジェクトが3回展開されたことを紹介しています。したがって、歴代メンバーを調べる際は、ボーカルの交代だけでなく、グループ名と活動形態の変化も理解する必要があります。

第1期:杉山清貴&オメガトライブ(1983~1985年)


杉山清貴&オメガトライブ

1983年4月に「SUMMER SUSPICION」でデビュー。海や夏を感じさせる洗練されたAORサウンドで人気を獲得した第1弾プロジェクトです。

代表曲は次のとおりです。

- SUMMER SUSPICION(1983年)
- 君のハートはマリンブルー(1984年)
- ふたりの夏物語 -NEVER ENDING SUMMER-(1985年)
- サイレンスがいっぱい(1985年)
- ガラスのPALM TREE(1985年)

バップの40周年記念サイトによれば、この時期にはシングル7作品、オリジナルアルバム5作品が発表されました。

第2期:1986オメガトライブ/カルロス・トシキ&オメガトライブ(1986~1991年)


カルロス・トシキ時代

1986年、高島信二と西原俊次を引き継ぎの中心に据え、新ボーカルのカルロス・トシキとギターの黒川照家を迎えて始動しました。

代表曲は「君は1000%」「Super Chance」「アクアマリンのままでいて」など。杉山時代の爽やかなサウンドを継承しつつ、カルロスの独特な声質を生かした作品が人気を集めました。

1988年には黒川照家が脱退し、グループ名をカルロス・トシキ&オメガトライブに変更。さらに同年7月、ジョイ・マッコイが正式加入します。

第3期:ブランニュー・オメガトライブ(1993~1994年)


新井正人時代

第3弾プロジェクトでは、ボーカリストに新井正人を起用。これまでのグループ形態とは異なり、新井のソロプロジェクトとして活動しました。

1993年に始動し、「愛さなくていいから」「Marry Me」を発表。1994年にはアルバム『Beach Hippies』をリリースしましたが、同年に活動を停止しています。

このように、オメガトライブは1983年から1994年まで、ボーカリストと活動形態を変えながら展開したプロジェクトでした。


【第1期のメンバー】杉山清貴&オメガトライブ初期6人のプロフィール

オメガトライブメンバー

初期メンバーを知るうえで重要なのが、前身バンド「きゅうてぃぱんちょす」の存在です。杉山清貴を中心に活動していた彼らは、ヤマハのポピュラーソングコンテストへの出場などを経て、プロデューサー藤田浩一と出会いました。

当初、藤田は杉山のボーカルを生かした音楽プロジェクトを構想していました。しかし杉山は、自分だけがデビューするのではなく、仲間と一緒にバンドとして活動することを望みました。高島信二、大島孝夫、西原俊次、廣石恵一、吉田健二の5人を含めた6人でのプロデビューが実現した背景には、こうした経緯があります。

1. 杉山清貴(ボーカル)


担当:ボーカル

1959年7月17日生まれ。オメガトライブ第1期の歌声を象徴する人物です。

1983年の「SUMMER SUSPICION」でメジャーデビュー。透明感のある歌声と伸びやかな高音が、オメガトライブのサウンドを特徴づけました。

1985年のグループ解散後は、1986年5月に「さよならのオーシャン」でソロデビュー。ソロアーティストとしても「最後のHoly Night」「水の中のAnswer」などのヒットを生み出しました。

2026年にはソロデビュー40周年を迎え、記念ツアーを開催しています。

2. 高島信二(ギター)


担当:ギター

第1期から第2期まで在籍した重要メンバーです。

高島信二は、杉山清貴時代からカルロス・トシキ時代まで、オメガトライブのサウンドを支えたギタリストです。

作曲面でも才能を発揮し、第2期の楽曲制作にも参加。ボーカリストが交代しても、オメガトライブらしさを維持するうえで欠かせない存在でした。

2026年には杉山清貴のソロ40周年ツアーでギターを担当しています。

3. 西原俊次(キーボード)


担当:キーボード

第1期、第2期の両方に参加したメンバーです。

西原俊次は、オメガトライブの都会的な音作りを支えたキーボーディストです。

高島信二とともにカルロス時代にも残り、バンドの音楽的な連続性を担いました。楽曲制作にも関わり、演奏者としてだけでなく作曲面でも貢献しています。

2026年も大島孝夫とDEAR BREEZEのメンバーとして活動しています。

4. 吉田健二(ギター)


担当:ギター

愛称:ケンタ

吉田健二は、前身バンドから杉山清貴&オメガトライブのデビューを支えたギタリストです。

第1期の活動終盤にはグループを離れていますが、後年の再集結やライブ活動で再びメンバーと共演する機会が生まれました。

2026年の杉山清貴ソロ40周年ツアーにも参加し、往年のメンバーとの演奏を実現しています。

5. 大島孝夫(ベース)


担当:ベース

第1期を代表するベーシストです。

大島孝夫は、オメガトライブの楽曲に安定した低音とグルーヴをもたらした人物です。

解散後も音楽活動を続け、2026年には自身の名前を冠したスペシャルバンド「大島孝夫とDEAR BREEZE」を率いています。

今回のツアーでは、杉山清貴のソロ楽曲を、かつてのオメガトライブの仲間たちと演奏するという特別な役割を担っています。

6. 廣石恵一(ドラム)


担当:ドラム

前身バンド時代から杉山清貴を支えたドラマーです。

廣石恵一は、オメガトライブのリズムを支えた中心人物でした。

1985年の解散後はクレイジーケンバンドに参加し、1997年の結成から2022年までメンバーとして活動しました。

2018年の杉山清貴&オメガトライブ再集結にも参加しましたが、2025年3月16日、脳出血のため64歳で逝去しました。所属していたクレイジーケンバンドの公式発表によって伝えられています。

2025年の追悼ライブでは、メンバーがステージで廣石の名前を紹介し、その存在をしのびました。


【第2期のメンバー】1986オメガトライブとカルロス時代の違い

1986年、杉山清貴&オメガトライブの解散を経て、新たなボーカリストとして登場したのがカルロス・トシキです。

ここで押さえたいのは、1986オメガトライブとカルロス・トシキ&オメガトライブは、まったく別のバンドではないということです。1986年に始まった同じ第2期プロジェクトが、1988年に名称を変更して活動を継続したものです。

1. カルロス・トシキ(ボーカル)


担当:ボーカル

出身:ブラジル・パラナ州ロンドリーナ市

1982年に来日し、CARLOS名義で「ルシア」を発表。その後、1986年にオメガトライブへ加入しました。

カルロスの魅力は、杉山清貴とは異なる、柔らかく甘い声質です。

「君は1000%」「Super Chance」「アクアマリンのままでいて」などのヒットによって、オメガトライブの第2期を代表する歌手となりました。

1991年の解散後はソロ活動へ移行。その後、1995年に音楽活動を休止してブラジルに帰国しましたが、2017年には約22年ぶりの日本ツアーを開催し、日本での音楽活動を再開しています。

2. 黒川照家(ギター)


担当:ギター

第2期の初期メンバーです。

黒川照家は、1986年のプロジェクト発足時に加入したギタリストです。

菊池桃子のバックバンドでギターを担当していた経歴を持ち、カルロス・トシキ、高島信二、西原俊次とともに新体制を構成しました。

ただし、在籍期間は長くありません。1988年3月に脱退し、これを契機にグループ名がカルロス・トシキ&オメガトライブへ変更されました。

3. ジョイ・マッコイ(ボーカル)


担当:ボーカル・コーラス

1988年7月に正式加入しました。

ジョイ・マッコイは、レコーディングにコーラスとして参加した後、正式メンバーになった人物です。

カルロスの歌声に異なる彩りを加え、第2期後半の音楽活動を支えました。

1986年から1991年までの主な変化

- 1986年:カルロス・トシキ、高島信二、西原俊次、黒川照家を中心に1986オメガトライブが始動。
- 1988年3月:黒川照家が脱退。
- 1988年:グループ名をカルロス・トシキ&オメガトライブに変更。
- 1988年7月:ジョイ・マッコイが正式加入。
- 1990年:シングル「時はかげろう」を発表。
- 1991年3月16日:日清パワーステーションでのライブを最後に解散。

解散の発表は1990年12月14日放送のテレビ朝日系「ミュージックステーション」で行われました。

当時の音楽活動の区切りを示す作品として、松任谷由実が作詞・作曲した「時はかげろう」も重要です。


【第3期のメンバー】新井正人のブランニュー・オメガトライブとは?


第3期ボーカリスト

アニメソングからシティポップまで幅広く活動してきた歌手です。

杉山清貴、カルロス・トシキに続く3代目ボーカリストが新井正人です。1993年にブランニュー・オメガトライブ(BRAND NEW OMEGA TRIBE/BNOT)のボーカリストとして活動を開始しました。

新井正人は、オメガトライブ以外にも幅広い音楽活動で知られています。特に有名なのが、テレビアニメ『機動戦士ガンダムZZ』の主題歌「アニメじゃない -夢を忘れた古い地球人よ-」です。

ブランニュー期は従来のバンドと活動形態が違う

ここは歴代メンバーを調べる読者が間違えやすい部分です。

杉山清貴&オメガトライブやカルロス・トシキ&オメガトライブでは、複数の演奏メンバーを中心にしたバンド編成が認識されていました。

一方、ブランニュー・オメガトライブは、CDJournalのアーティストプロフィールでも、新井正人のソロプロジェクトとして紹介されています。

そのため、前の2期と同じように固定されたメンバー全員の名前を並べるのは適切ではありません。

主な作品と活動期間

時期 作品・活動
1993年 ブランニュー・オメガトライブ始動
1993年 「愛さなくていいから」
1993年 「Marry Me」
1994年 アルバム『Beach Hippies』発売
1994年 プロジェクト活動停止

新井本人は2026年のインタビューでも、ブランニュー・オメガトライブに参加した経緯や、プロデューサー藤田浩一とのレコーディングについて振り返っています。

11曲のレコーディングに半年をかけたというエピソードからも、藤田がサウンドやボーカル表現に強いこだわりを持っていたことがうかがえます。


【歴代メンバー比較表】3つのオメガトライブは何が違う?

ここまでの内容を、所属時期、ボーカリスト、主要メンバー、活動形態という視点で整理します。特に高島信二と西原俊次は複数の時代にまたがって活動しているため、名前を覚えておくと歴史を理解しやすくなります。

時代・名称 中心メンバー 活動期間・特徴 第1期
杉山清貴&オメガトライブ
杉山清貴、高島信二、吉田健二、西原俊次、大島孝夫、廣石恵一 1983~1985年。オリジナルの6人によるバンド。
第2期
1986オメガトライブ
カルロス・トシキ、黒川照家、高島信二、西原俊次 1986年始動。第1期から2人が継続し、新体制を構築。
第2期後半
カルロス・トシキ&オメガトライブ
カルロス・トシキ、高島信二、西原俊次、ジョイ・マッコイ 1988年改名。1991年に解散。
第3期
ブランニュー・オメガトライブ
新井正人 1993~1994年。新井のソロプロジェクト。
2026年
大島孝夫とDEAR BREEZE
大島孝夫、高島信二、吉田健二、西原俊次、大阪哲也、小川幸夫 杉山清貴のソロ40周年ツアーを支えるスペシャルバンド。

※第2期の表は主な正式メンバーを中心に整理。サポートミュージシャンやツアー参加者は別に存在します。2026年のDEAR BREEZEは歴代メンバーを中心に結成された別編成です。

杉山清貴時代とカルロス時代の決定的な違い

大きな違いは、ボーカリストだけではありません。

杉山清貴&オメガトライブは、前身バンドからの仲間がまとまってデビューした第1期でした。

一方、1986オメガトライブは、藤田浩一が新たなボーカリストを迎え、前のプロジェクトのサウンドを引き継いだ第2期です。

高島信二と西原俊次が両方に参加していることは、2つの時代が音楽的に連続していることを示す要点です。

また、1988年の名称変更は新しいバンドを一から作ったという意味ではなく、黒川の脱退を契機にした同一プロジェクト内の転換でした。


【2026年最新】オメガトライブメンバーの現在と40周年記念ツアー

2026年11月現在、オメガトライブに関連する大きな話題は、杉山清貴とカルロス・トシキ、それぞれの40周年記念活動です。

ただし、2つの40周年は意味が異なります。杉山清貴は1986年のソロデビューから40周年、カルロス・トシキは1986年のオメガトライブ加入・デビューから40周年です。どちらも歴史的な節目ですが、オメガトライブ全体の40周年再結成ツアーというわけではありません。

1. 杉山清貴のソロデビュー40周年ツアー

2026年9月18日、神奈川のKT Zepp Yokohamaからスタートしたのが「杉山清貴 SOLO DEBUT 40TH ANNIVERSARY TOUR」です。

このツアーで注目を集めているのが、大島孝夫とDEAR BREEZEというスペシャルバンドです。

メンバーは以下の6人です。

名前 担当
大島孝夫 ベース
高島信二 ギター
吉田健二 ギター
西原俊次 キーボード
大阪哲也 キーボード
小川幸夫 ドラム

大島、高島、吉田、西原という4人は、杉山清貴&オメガトライブ時代からつながりのある顔ぶれです。

このツアーの特徴は、杉山のソロ楽曲を、かつてのオメガトライブの仲間たちが演奏することです。

単純に昔のバンドを再現するのではなく、40年間のソロキャリアを、かつての仲間との新しい編成で振り返る企画になっています。

キョードー東京の2026年9月25日付の公演レポートでは、ツアーは9月18日に始まり、全国を回って11月28日のLINE CUBE SHIBUYA公演で最終日を迎えると案内されています。

WOWOWでも11月28日のファイナル公演の生中継が予定されています。

2. カルロス・トシキのデビュー40周年記念ツアー

カルロス・トシキも2026年に大きな節目を迎えました。

1986年のオメガトライブ加入から40年となることを記念し、CARLOS TOSHIKI 40th ANNIVERSARY LIVE TOUR 2026を開催しています。

COTTON CLUBでは11月18日・19日の公演が予定されています。

この公演で案内されているメンバーは次のとおりです。

名前 担当
カルロス・トシキ ボーカル
ウォーネル・ジョーンズ ベース・コーラス
後藤輝夫 サックス・パーカッション
羽仁知治 ピアノ・キーボード
西山“HANK”史翁 ギター・コーラス
マーティー・ブレイシー ドラム

この編成は1980年代のオメガトライブのオリジナルメンバーをそのまま再集結させたものではなく、現在のカルロスを支えるミュージシャンたちによるライブバンドです。

また、11月26日にはビルボードライブ横浜での公演も案内されています。

「君は1000%」「Super Chance」「アクアマリンのままでいて」といった代表曲を、現在のカルロスの歌声で楽しめる周年企画です。

3. 2018年の再結成から2026年までの歩み

杉山清貴&オメガトライブは、1985年に解散してからも、節目の年に再集結を実現してきました。

- 2018年5月5日:デビュー35周年を記念し、14年ぶりの再集結ライブを日比谷野外音楽堂で開催。
- 2019年:全国ツアー「Last Live Tour」を実施。5月5日の公演で活動に一区切りをつけた。
- 2023~2024年:デビュー40周年を記念する企画が展開され、2024年には「FIRST FINALE TOUR 2024」を開催。
- 2025年3月16日:廣石恵一が逝去。
- 2026年9月18日:杉山清貴のソロデビュー40周年ツアーがスタート。大島孝夫とDEAR BREEZEが演奏を担当。
- 2026年11月18日・19日:カルロス・トシキの40周年記念公演がCOTTON CLUBで開催予定。
- 2026年11月28日:杉山清貴の40周年ツアー最終公演がLINE CUBE SHIBUYAで開催予定。

2018年の再結成は、オリジナルメンバーがそろうこと自体に大きな意味がありました。

その後の活動では、メンバーの体調やスケジュールなどに応じてライブ編成が変わっています。2024年のツアーでは廣石の体調不良を受けて小川幸夫がドラムを担当しました。

2025年に廣石が亡くなったことも、2026年以降の編成を考えるうえで忘れてはならない出来事です。

4. 2026年にオメガトライブは正式再結成したのか?

ここは誤解しやすいポイントです。

2026年に開催されている2つの40周年企画は、それぞれ杉山清貴のソロデビュー40周年、カルロス・トシキのデビュー40周年を記念するものです。

杉山清貴のツアーには歴代メンバーが参加していますが、公式の公演名は「杉山清貴 SOLO DEBUT 40TH ANNIVERSARY TOUR」であり、演奏陣も「大島孝夫とDEAR BREEZE」と案内されています。

カルロスのツアーも本人の40周年記念公演として告知されています。

つまり、歴代メンバーが再び同じステージに立つことと、オメガトライブというバンド名義で正式再結成することは別の話です。

2026年の活動は、歴史を共有するメンバーたちが、それぞれのキャリアを通じてオメガトライブの音楽を現在につないでいる動きとして捉えるのが正確です。


【プロの結論】オメガトライブの歴史を理解する3つのポイント

オメガトライブの歴史を理解するうえで、最も大切なのは「誰がボーカルだったか」だけでなく、「どの時代に、どのような形で活動していたか」を見ることです。

ポイント1:ボーカリストが変わっても音楽の核は継承された

杉山清貴からカルロス・トシキ、新井正人へとボーカルは変わりましたが、藤田浩一を中心とした制作陣がプロジェクトを展開したことが共通しています。

林哲司、和泉常寛、新川博らが関わった洗練されたサウンドは、オメガトライブという名前を世代を超えて印象づけました。

ポイント2:メンバーの継続性は高島信二と西原俊次に注目

歴代のメンバーを覚えるなら、高島信二と西原俊次は特に重要です。

杉山時代からカルロス時代まで在籍し、2026年の杉山清貴ソロツアーでも演奏しています。

この2人の存在を軸にすると、第1期と第2期のつながりが理解しやすくなります。

ポイント3:2026年は再結成という言葉だけで判断しない

2026年には、往年のメンバーが再び集まる特別なステージが実現しています。

しかし、杉山のソロ40周年とカルロスの40周年は、それぞれ異なる企画です。オメガトライブ名義の正式な再結成と混同しないことが大切です。

音楽を聴き直す場合も、時代ごとに選ぶと違いがよく分かります。

- 杉山清貴の透明感ある歌声を楽しみたい人:「SUMMER SUSPICION」「ふたりの夏物語」
- カルロスの個性的な歌声と80年代シティポップを楽しみたい人:「君は1000%」「アクアマリンのままでいて」
- 第3期の新しい方向性を知りたい人:新井正人の「Beach Hippies」


オメガトライブのメンバーに関するよくある質問(FAQ)

Q1:オメガトライブの初期メンバー6人は誰ですか?

A1:杉山清貴(ボーカル)、高島信二(ギター)、吉田健二(ギター)、西原俊次(キーボード)、大島孝夫(ベース)、廣石恵一(ドラム)の6人です。

Q2:杉山清貴&オメガトライブと1986オメガトライブは同じメンバーですか?

A2:同じではありません。高島信二と西原俊次は両方に参加していますが、1986年にはカルロス・トシキと黒川照家が新たに加わりました。

Q3:カルロス・トシキ&オメガトライブのメンバーは誰ですか?

A3:主な正式メンバーはカルロス・トシキ、高島信二、西原俊次、ジョイ・マッコイです。黒川照家は1988年3月に脱退しています。

Q4:オメガトライブの3代目ボーカルは誰ですか?

A4:新井正人です。1993年からブランニュー・オメガトライブのボーカリストとして活動しました。

Q5:廣石恵一さんは現在も活動していますか?

A5:いいえ。廣石恵一さんは2025年3月16日に脳出血のため64歳で亡くなりました。杉山清貴&オメガトライブやクレイジーケンバンドで活躍したドラマーです。

Q6:2026年にオメガトライブの40周年再結成ツアーはありますか?

A6:2026年にはカルロス・トシキのデビュー40周年ツアーと、杉山清貴のソロデビュー40周年ツアーが開催されています。杉山のツアーでは大島孝夫、高島信二、吉田健二、西原俊次らが演奏しています。ただし、いずれもオメガトライブ全体の正式再結成ツアーとは異なります。

Q7:2026年現在、オメガトライブの元メンバーは誰が活動していますか?

A7:杉山清貴、カルロス・トシキ、新井正人らがそれぞれの音楽活動を続けています。また、大島孝夫、高島信二、吉田健二、西原俊次は2026年の杉山清貴の40周年ツアーに参加しています。


まとめ:オメガトライブ歴代メンバーの変遷と2026年の展望

オメガトライブの歴史は、杉山清貴&オメガトライブから始まり、カルロス・トシキ&オメガトライブ、そして新井正人のブランニュー・オメガトライブへと続きました。

初期6人のメンバーは杉山清貴、高島信二、吉田健二、西原俊次、大島孝夫、廣石恵一。第2期では高島信二と西原俊次が継続して参加し、カルロス・トシキ、黒川照家、ジョイ・マッコイらが新しい時代を築きました。

2026年には、杉山清貴のソロ40周年ツアーで大島孝夫らが再び集結し、カルロス・トシキもデビュー40周年を記念したツアーを開催しています。廣石恵一の逝去という悲しい出来事を経ても、歴代メンバーがそれぞれの形で音楽を届け続けていることは、長年のファンにとって大きな意味を持ちます。

オメガトライブを聴くなら、まずは杉山時代、カルロス時代、新井時代の代表曲を聴き比べてみてください。同じプロジェクトから生まれた音楽でありながら、ボーカルによって異なる魅力が広がることが分かるはずです。

同じカテゴリの記事

榊原 真央

取材デスクとして10年以上の取材経験。geinou領域の公式発表・配信元の告知を一次情報として確認し、確認できない情報は記事に含めない方針です。

おすすめの関連記事