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五月みどりの現在は?認知症・要介護3と2025年の近況、引退説の真相を徹底解説

穂積 美咲 穂積 美咲 • 更新: • 公開: • 読了約 26 分
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2026年11月現在、歌手・女優として昭和から平成の芸能界を彩った五月みどりさんは87歳を迎えています。2019年に出演したテレビ朝日系ドラマ『やすらぎの刻〜道』を最後に、テレビや雑誌などの表舞台から長く遠ざかっていましたが、2025年7月、ひとり娘の千恵さんが母親の近況を明かしました。報道によると、五月さんは認知症と診断され、要介護3の認定を受けた後、長年暮らした神奈川県湯河原町の自宅を離れ、都内の介護施設に入所しています。

一方、施設では昔のヒット曲を楽しみ、ファッションや装飾を工夫するなど、本人らしい感性も保たれていると伝えられています。なぜ芸能活動を休止したのか、引退を正式に発表したのか、娘の千恵さんや妹の小松みどりさんとの関係、結婚歴、人気番組『伊東家の食卓』での活躍まで、2025年までの報道と公表プロフィールをもとに整理します。

【2026年現在】五月みどりは何をしている?2019年以降の活動と最新近況

五月みどり

五月みどりさんの現在を知るうえで重要なのが、2019年から2025年までの変化です。

1939年10月21日生まれの五月さんは、2026年11月2日時点で87歳。長年にわたって歌手、女優、タレント、画家として幅広く活動してきました。

最後の主要なテレビ出演として知られるのは、テレビ朝日系のドラマ『やすらぎの刻〜道』です。同作は2019年に放送が始まり、2020年まで続いた作品で、五月さんは出演後、芸能活動の表舞台から距離を置くようになりました。

2025年7月、娘の千恵さんが近況を公表

大きな転機となったのは、2025年7月28日発売の『女性セブン』による報道です。女性セブンプラスは同日、五月さんが認知症と診断され、要介護3の認定を受けて都内の介護施設で生活していると伝えました。

記事では、ひとり娘の千恵さんが取材に応じ、母親の変化や施設での暮らしについて説明しています。

その内容によれば、五月さんは2019年ごろから人の名前が出てこなくなったり、タクシーに乗っている途中で行き先が分からなくなったりすることがあったそうです。本人も不安を感じており、次第に言葉で自分の思いを伝えることが難しくなっていったといいます。

そして2025年、約30年間暮らしてきた湯河原の自宅を離れ、東京の介護施設へ移りました。

2026年時点で新たな本人の出演や詳細な公式発表は確認できず、現在について具体的に伝えられている最新の情報は、2025年7〜8月の家族取材による報道です。

現在の生活はどのようなものなのか

施設での暮らしについては、心配ばかりではない様子も伝えられています。

千恵さんによれば、五月さんは足腰が比較的元気で、ベッドから起きてトイレまで自分で歩けることもあり、食欲も旺盛。着替えなどで介助が必要になることはあるものの、できることは自分でやろうとする姿勢が残っているそうです。

また、施設には定期的に美容師が訪問し、ヘアカラーやカットを行っています。自宅にいたころよりも若々しく見えるようになったと、娘も話しています。

千恵さんや親族、お手伝いさんが頻繁に面会し、施設のスタッフと協力しながら生活を支えていることも報じられました。

【認知症・要介護3の真相】娘の千恵さんが明かした症状と施設入所の理由

五月みどりさんの認知症について、2025年の報道で特に注目されたのは、病気の進行だけでなく、家族が在宅介護から施設介護へ切り替えるまでの経緯です。

認知症の初期症状は2019年ごろから

女性セブンの取材で千恵さんが説明したところでは、異変が目立ち始めたのは『やすらぎの刻〜道』の撮影時期と重なる2019年ごろでした。

具体的には、次のような変化があったとされています。

  • タクシーに乗っている途中で行き先が分からなくなる。
  • 知っている人の名前が思い出せなくなる。
  • 徐々に言葉が出にくくなる。
  • 自分の考えや気持ちを言葉で表現することが難しくなる。

当初、家族も年齢による物忘れなのか、別の体調問題なのか判断に迷ったと考えられます。2025年の報道では、その後、認知症と診断されたことが明らかになりました。

ただし、認知症の種類や医学的な病期、具体的な治療内容については公表されていません。アルツハイマー型など、特定の病名を断定できる情報もありません。

要介護3とはどの程度の状態なのか

五月さんは施設への入所に際して要介護3と認定されたと、千恵さんが明かしています。

要介護3は、介護保険制度における要介護1〜5のうち中間に位置する認定区分です。日常生活の複数の場面で介助が必要となり、身体機能だけでなく認知機能の状態なども含めて判定されます。

原則として特別養護老人ホームへの入居対象となる水準でもあります。

ただし、要介護3だからといって、すべての動作が自力でできなくなるわけではありません。五月さんの場合も、歩行や食事など、自分でできることが残っていると家族が説明しています。

なぜ湯河原の自宅を離れたのか

施設への転居には、介護を担う家族や周囲の人々の高齢化が関係していました。

それまで五月さんの生活を支えていた叔母や住み込みのお手伝いさんも高齢になり、在宅介護を続けることが難しくなったといいます。

千恵さん自身は東京に住んでおり、母親のために湯河原へ移り住む選択肢も考えたものの、現実的には難しい状況でした。

そこで東京の施設を探し、家族で話し合った末に入所を決めたという経緯です。

本人が長年暮らした家を離れることに抵抗を示すのではないかという心配もあったそうですが、実際の転居は家族が予想したよりもスムーズに進んだと報じられています。

歌は今も心に残っている

2025年8月4日に公開された女性セブンプラスの記事では、施設で過ごす五月さんの様子がさらに詳しく紹介されました。

千恵さんが特に印象的な出来事として語ったのが、昔の歌の映像を一緒に見る時間です。

「自分の歌はしっかりと覚えているんです」

千恵さんによると、『おひまなら来てね』や『一週間に十日来い』の映像を流すと、五月さんはうれしそうに手を叩き、時には涙ぐみながら口ずさむそうです。

ドラマのせりふなどは覚えていないことがあっても、若いころの歌には自然に反応する。その姿は、家族にとっても大切な時間になっています。

また、洋服を選んだり、人形やぬいぐるみに服を着せたり、アクセサリーを別の用途にアレンジしたりする感性も残っているといいます。

認知症によって言葉での意思表示が難しくなっても、本人の好みや楽しみまで一律に失われるわけではないことを感じさせるエピソードです。

【若い頃から現在まで】五月みどりの歌手・女優としての華麗な経歴

五月みどりさんが現在も多くの人に記憶されているのは、長年にわたり異なるジャンルで活躍してきたからです。

歌謡曲のヒット歌手として人気を獲得した後、映画やテレビドラマに出演し、バラエティー番組では親しみやすい母親役として幅広い世代に知られるようになりました。

15歳で芸能界へ、19歳でレコードデビュー

日本コロムビアの公式プロフィールやタレントデータバンクによると、五月さんは1956年、15歳のときにニッポン放送の「ものまねのどじまん」で優勝しました。

その後、歌手としての指導を受け、1958年にコロムビアから『お座敷ロック』でレコードデビュー。19歳で本格的な歌手活動をスタートさせました。

転機となったのは、1961年に発売された『おひまなら来てね』です。軽快で親しみやすい楽曲が人気を集め、五月みどりの名前を全国に広めました。

翌年以降も『一週間に十日来い』などの「来てねシリーズ」がヒット。1962年から1964年までNHK紅白歌合戦に3年連続で出場するなど、昭和を代表する人気歌手の一人となりました。

1975年『かまきり夫人の告白』で女優としても注目

歌手として人気を確立した五月さんは、その後、女優としても独自の存在感を発揮します。

特に大きな転機となったのが、1975年11月1日公開の東映映画『五月みどりのかまきり夫人の告白』です。

同作では妖艶な女性を演じ、それまでの歌手としてのイメージとは異なる大胆な役柄で話題を集めました。

その後もドラマやバラエティーに出演し、年齢や時代に合わせて芸能活動の幅を広げていきます。

『伊東家の食卓』で親しみやすいお母さん役に

1997年に始まった日本テレビ系の『伊東家の食卓』も、五月さんの代表的な仕事の一つです。

番組では伊東四朗さんが父親、五月さんが母親という設定で、RIKACOさん、布施博さん、三宅健さん、山口美沙さんらと家族を演じました。

日常生活に役立つ裏ワザを紹介する番組は人気を集め、1997年10月から2007年3月までレギュラー放送されました。

歌手時代の華やかなイメージとは違い、穏やかで親しみやすいお母さん役が定着したことで、若い世代にも五月さんの名前が浸透しました。

『やすらぎの郷』から『やすらぎの刻〜道』へ

2017年には倉本聰さんが脚本を手がけたテレビ朝日系ドラマ『やすらぎの郷』に出演しました。

同作は高齢者向けの芸能人専用施設を舞台にした作品で、ベテラン俳優たちが多数出演したことでも話題になりました。

続く『やすらぎの刻〜道』にも出演。2019年から2020年にかけて放送されたこの作品が、現在まで確認できる最後の主要なテレビ出演となっています。

五月みどりの主な経歴・作品年表

年代 出来事・作品 主な実績・意味
1956年 ものまねのどじまん 15歳で優勝し、芸能界への道を開く。
1958年 お座敷ロック 日本コロムビアからレコードデビュー。
1961年 おひまなら来てね 歌手として全国的な人気を獲得。
1962〜1964年 NHK紅白歌合戦 3年連続出場。
1975年 かまきり夫人の告白 女優として新たなイメージを確立。
1989〜1992年 二科展・個展・着物デザイン 画家やデザイナーとしても活動。
1997〜2007年 伊東家の食卓 母親役として幅広い世代に親しまれる。
2017年 やすらぎの郷 倉本聰脚本のドラマに出演。
2019〜2020年 やすらぎの刻〜道 表舞台から遠ざかる前の主要出演作。
2024年 ギフトショップ「ヴィーナス」閉店 湯河原・熱海の3店舗が営業終了。
2025年 介護施設への入所が報道される 娘の千恵さんが認知症と要介護3の近況を説明。

歌手、女優、タレント、画家という複数の顔を持っていたことが、五月みどりさんの大きな特徴です。芸能活動だけでなく、絵画やファッションにも関心を持ち続けたことが、晩年の暮らしにもつながっています。

【家族関係・結婚歴】娘の千恵さん、妹の小松みどりとの関係

五月みどりさんの私生活も、これまでの報道でたびたび取り上げられてきました。

結婚歴は3回と報じられていますが、3回目は婚姻届を提出していない結婚式だった点に注意が必要です。また、その後には長年にわたって生活を共にしたパートナーもいました。

娘の千恵さんは最初の結婚相手との間に生まれた子ども

千恵さんは、五月さんと最初の夫である芸能プロダクション社長・西川幸男さんとの間に生まれた娘です。同じ結婚では、元プロゴルファーの西川哲さんも誕生しています。

女性セブンの2025年8月の記事によると、五月さんと千恵さんは幼少期に離れて暮らした時期があり、再び一緒に生活するようになったのは離婚から12年後でした。

千恵さんが母親に一緒に暮らしたいという手紙を送ったことが、再会のきっかけになったと伝えられています。

長い年月を経て母娘の時間を取り戻した二人は、2025年の取材でも日常を共にする様子を明かしています。おやつを食べたり、ボール遊びをしたり、その日の洋服を一緒に選んだりすることが楽しみになっているそうです。

結婚歴は3回、現在のパートナーは逸見文泰さん

女性セブンプラスの2025年8月の記事では、五月さんの結婚歴についても詳しく紹介されています。

  • 1人目:西川幸男さん。1965年に結婚。娘の千恵さんと息子の哲さんをもうけ、1971年に離婚。
  • 2人目:面高昌義さん。1976年に結婚。日本テレビのディレクターだった人物で、1984年に離婚。
  • 3人目:立花淳一さん。1985年に結婚式を挙げたものの、婚姻届は提出せず、約1年4か月で関係が終わったと報じられている。

その後、マネージャーで所属事務所代表でもある逸見文泰さんと事実婚状態になりました。

週刊女性PRIMEの2025年8月の記事では、逸見さんについて、20年以上にわたって生活を共にしてきた人物として紹介されています。法律上の夫ではありませんが、報道では「4番目の夫」と表現されることもあります。

妹は女優・歌手の小松みどり

五月みどりさんの妹として知られるのが、歌手・女優の小松みどりさんです。

小松みどりさんは1949年9月5日生まれで、1967年に歌手デビューしました。映画やテレビにも出演しており、WEBザテレビジョンのプロフィールでも五月みどりさんの妹として紹介されています。

同じ芸能界で活動してきた姉妹ですが、それぞれ異なる芸名とキャリアを持っています。

なお、2025年の週刊女性PRIMEには、五月さんの介護を支援する実妹として弥生さんも登場しています。家族や姉妹に関する報道では、登場人物を混同しないことが大切です。

人物・作品の関係一覧

人物・作品 五月みどりとの関係 確認できる内容
千恵さん 娘 最初の夫との間に生まれたひとり娘。2025年に母親の近況を語った。
西川哲さん 息子 最初の夫との間に生まれた元プロゴルファー。
西川幸男さん 最初の夫 1965年に結婚し、1971年に離婚。
面高昌義さん 2人目の夫 1976年に結婚し、1984年に離婚。
立花淳一さん 3人目の結婚相手 1985年に結婚式を挙げたが未入籍。約1年4か月で破局。
逸見文泰さん マネージャー・事実婚のパートナー 長年生活を共にしてきた人物。所属事務所の代表でもある。
小松みどりさん 妹 歌手・女優。1967年に歌手デビュー。
おひまなら来てね 代表曲 1961年のヒット曲。現在も本人が親しんでいると娘が証言。
一週間に十日来い 代表曲 NHK紅白歌合戦でも歌唱した代表的なヒット曲。
伊東家の食卓 出演番組 1997〜2007年に母親役として出演。

【引退説の真相】ヴィーナス湯河原・熱海の閉店と芸能活動休止の関係

五月みどりさんについては、2019年以降にテレビ出演がなくなったことや、長年経営していたギフトショップが閉店したことから、引退説が広がりました。

しかし、芸能活動を正式に引退したことと、実際に仕事を休んでいることは別の問題です。

2023年に『伊東家の食卓』が復活しても出演せず

2023年12月31日、日本テレビ系の年越し特番『笑って年越し!THE 笑晦日』で『伊東家の食卓』が8年ぶりに復活しました。

伊東四朗さんやRIKACOさん、布施博さん、三宅健さん、山口美沙さんらが再集結しましたが、母親役だった五月さんは出演者に含まれていませんでした。

当時、五月さんの不在を心配する声が広がり、体調不安説や引退説が再び取り上げられました。

2023年2月の女性自身の記事では、事務所側が、五月さんは食欲もあり元気で、新型コロナウイルスへの感染を警戒して外出を控えていると説明していました。

当時は健康上の問題を心配する報道もありましたが、認知症と診断されたことや要介護3の認定について家族が具体的に説明したのは2025年の報道です。

ギフトショップ「ヴィーナス」はなぜ閉店したのか

五月さんが手がけていたギフトショップ「ヴィーナス」も、近況をめぐる話題の一つです。

女性セブンプラスによると、五月さんは2009年に湯河原でギフトショップをオープンしました。洋服、アクセサリー、フラワーアレンジメントなどを扱い、その後、熱海駅前と熱海中央にも店舗を展開しました。

2024年には3店舗すべてが閉店しています。

週刊女性PRIMEの2024年8月22日の報道によると、熱海店は同年5月末に閉店し、残る熱海中央店と湯河原店も8月18日に営業を終了しました。

閉店について、マネージャーの逸見さんは、3店舗のうち売り上げの半分以上を熱海店が占めていたため、残りの店舗だけで営業を続けることは難しいと説明しています。

また、熱海店については、ビルの所有者が変わり、建物全体を利用するテナントを探していたという事情も報じられました。

したがって、ヴィーナスの閉店を、そのまま病状悪化だけが原因だったと解釈するのは正確ではありません。店舗運営上の事情や本人の生活環境の変化も関係していました。

マネージャーは引退を明言していなかった

2024年の週刊女性PRIMEの取材では、逸見さんは芸能活動について、積極的な売り込みはしないものの、無理のない範囲なら仕事を受ける考えを示していました。

この発言からも、少なくとも当時、本人側が明確に芸能界引退を宣言していたわけではないことが分かります。

一方、2025年には認知症の診断や要介護3の認定、施設入所が明らかになりました。現在は芸能活動よりも、日常生活の安定と家族・施設スタッフによる支援が中心になっていると考えられます。

つまり、引退説の真相を整理すると、正式な引退発表があったというより、2019年以降の長期休養と、その後に明らかになった健康状態や生活環境の変化が重なって、事実上の活動終了と受け止められてきた状況です。

【現在の姿と近況】若い頃の面影、美意識、歌への思いは今も

五月みどりさんの現在の姿について、2025年の家族取材で印象的なのは、以前と同じようにおしゃれを楽しむ気持ちや、創作に対する感性が残っているという点です。

おしゃれを楽しむ気持ちは変わらない

女性セブンプラスの記事によると、五月さんは施設でも洋服を選ぶことを楽しんでいるそうです。

千恵さんと一緒に、その日の気分に合った服を選んだり、アクセサリーを工夫したりする時間が日常の楽しみになっています。

加えて、人形やぬいぐるみに服を着せたり、ネックレスを髪飾りにしたりするなど、独特の美的センスも健在だといいます。

この美意識は、若い頃から続けてきた絵画やファッションへの関心ともつながっています。

画家としての実績も持っていた

五月さんは歌手や女優だけでなく、画家としても活動してきました。

タレントデータバンクのプロフィールによると、1989年に二科展へ初出品し、作品「赤いストール」が初入選しました。

1990年には銀座三越で初の個展を開催し、1991年にも個展を実施。1992年には着物デザイナーとしても活動を始めています。

また、花を使ったフローラルクラフトの教室を開いたこともあり、趣味を仕事へ発展させる行動力がありました。

2025年の娘の証言に登場する、身近な物を自分らしく飾る姿は、こうした長年の創作活動を思い起こさせます。

若い頃の映像を見ることが家族の楽しみに

千恵さんは、母親と一緒に昔の映像やDVDを見る時間を大切にしていると話しています。

特に10代から20代のころの映像では、五月さんがうれしそうに口ずさみ、時には涙を流すこともあるそうです。

また、50代や60代の映像と若い頃の映像では、本人の反応にも違いがあるといいます。

昔の自分の姿を見て楽しむ様子は、家族にとっても忘れられない時間になっています。

歌手として数々のヒット曲を残した五月さんにとって、音楽は長い人生の中で深く結びついた存在です。現在もその歌が家族とのコミュニケーションのきっかけになっていることは、2025年の報道から伝わってきます。

【プロの結論】五月みどりの現在を理解するために押さえたい3つの視点

五月みどりさんの近況をめぐる情報を整理すると、単純に「引退した芸能人」という言葉だけでは説明できない状況が見えてきます。

1. 芸能活動の休止と正式な引退は別

2019年以降、テレビ出演などの公的な活動が確認されていないことは事実です。しかし、2024年のマネージャーの発言では、無理のない範囲で仕事を受ける意向が示されていました。

その後、2025年には認知症と要介護3の認定が報じられています。活動の再開を予測するよりも、現在は本人の生活を優先する時期と受け止めるのが自然です。

2. 認知症でも本人らしさが残る

認知症という診断だけで、その人の能力や感情、楽しみをすべて判断することはできません。

五月さんの場合、言葉で思いを伝えることは難しくなっている一方、歌への反応やファッション、装飾に対する感性は残っていると娘が説明しています。

本人が楽しめる音楽や服選びを家族と共有することは、日々の生活を豊かにする大切な時間になっています。

3. 施設入所は家族全体で考えた生活上の選択

湯河原の自宅を離れた背景には、介護を担う人たちの高齢化や、娘が東京から通うことの難しさがありました。

施設入所は、本人の意思だけでなく、家族が継続して支援できる環境を整えるための選択でもあります。

千恵さんが毎日のように面会し、施設スタッフや親族と協力しているという報道からは、生活の場所が変わっても家族との関係が続いていることが分かります。

五月さんの歩みを振り返ると、芸能活動だけでなく、家族との関係、創作活動、好きな歌など、人生を形づくってきた要素が現在の暮らしにもつながっています。

五月みどりの現在に関するよくある質問(FAQ)

Q1:五月みどりは2026年現在も健在ですか?
A1:2025年7〜8月の報道では、五月みどりさんは都内の介護施設で生活しており、娘や親族の支援を受けながら過ごしていると伝えられました。2026年11月時点で確認できる最新の具体的な近況は、この家族取材による報道です。

Q2:五月みどりは認知症で要介護3というのは本当ですか?
A2:はい。2025年7月28日の女性セブンの報道で、娘の千恵さんが認知症の診断と要介護3の認定について説明しています。認知症の種類や詳しい医学的な状態は公表されていません。

Q3:五月みどりは芸能界を引退したのですか?
A3:正式な引退発表があったとは確認できません。2019年の『やすらぎの刻〜道』以降、表立った芸能活動は確認されておらず、2025年には介護施設での生活が報じられました。現在は芸能活動よりも療養と日常生活を優先している状況とみられます。

まとめ:五月みどりの今後は家族に見守られた穏やかな生活が中心に

五月みどりさんは、1958年に歌手としてデビューし、『おひまなら来てね』『一週間に十日来い』などのヒット曲で昭和の歌謡界を彩りました。その後も女優、タレント、画家として活躍し、『伊東家の食卓』では親しみやすい母親役として多くの視聴者に愛されました。

2019年以降は表舞台から遠ざかり、2025年には娘の千恵さんによって認知症の診断、要介護3の認定、湯河原から都内の介護施設への転居が明らかになりました。

現在の生活では、言葉で気持ちを表現することが難しくなっている一方、昔の歌を楽しみ、おしゃれや創作への関心も保たれていると報じられています。

芸能界への復帰について具体的な発表はありません。2026年現在、ファンが知っておきたいのは、華やかな芸能活動の再開だけではなく、家族に見守られながら本人らしい時間を過ごしているという近況でしょう。

長年にわたり日本の芸能界を支えてきた五月みどりさん。これまでの功績とともに、今も大切にしている歌や美意識、家族との穏やかな時間を温かく見守りたいところです。

主な確認資料: 日本コロムビア公式プロフィール、タレントデータバンク、女性セブンプラス(2025年7月28日・8月4日)、週刊女性PRIME(2024年8月22日・2025年8月13日)、女性自身(2023年2月10日)、WEBザテレビジョン。

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穂積 美咲

映画・ドラマ担当として5年以上の取材経験。cinema領域の公式発表・配信元の告知を一次情報として確認し、確認できない情報は記事に含めない方針です。

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