東京都台東区の浅草エリアに鎮座する今戸神社(いまどじんじゃ)は、縁結びと招き猫で知られる歴史ある神社です。創建は平安時代の康平6年(1063年)。伊弉諾尊・伊弉冉尊という日本神話に登場する夫婦神を祀り、良縁を願う参拝者を迎えています。また、今戸焼の招き猫発祥説、境内の石なで猫、縁結守、浅草名所七福神の福禄寿など、見どころも豊富です。
一方、招き猫の発祥地については世田谷区の豪徳寺などにも由来が伝わり、どこが最初なのかという疑問が残ります。2026年11月現在の公式案内をもとに、今戸神社の歴史や御祭神、ご利益、招き猫の起源を検証。御朱印の授与方法、浅草駅からのアクセス、社務所の受付時間まで、参拝前に押さえたい情報を整理します。
【なぜ縁結びの神社なのか】今戸神社の御祭神とご利益の関係

今戸神社が縁結びの神社として知られる最大の理由は、御祭神にあります。特に注目したいのが、日本神話に登場する伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)です。
伊弉諾尊・伊弉冉尊は日本神話の夫婦神
伊弉諾尊と伊弉冉尊は、日本の国土や多くの神々を生み出したとされる夫婦神です。『古事記』や『日本書紀』にも登場し、日本神話の創世に深く関わっています。
二柱は、男女の結びつきや新しい生命の誕生、物事を生み出す力と関係する神様として信仰されてきました。
今戸神社の公式由緒でも、二柱について次のように説明されています。
「縁を結び、生産の基盤を固める神として崇められてきました。」
この神徳が、今戸神社を良縁祈願の参拝先として広く知らしめている背景です。
今戸神社の御祭神は4柱
縁結びの夫婦神だけでなく、今戸神社には八幡信仰に関係する神様や七福神の一柱も祀られています。
- 應神天皇(おうじんてんのう):八幡神として知られ、武運長久や慈愛に関わる神徳で信仰される。
- 伊弉諾尊(いざなぎのみこと):日本神話の国生み・神生みの神。
- 伊弉冉尊(いざなみのみこと):伊弉諾尊とともに国土や神々を生み出した女神。
- 福禄寿(ふくろくじゅ):幸福、生活の安定、健康長寿という三つの福徳を授ける七福神の一柱。
このように、今戸神社は恋愛や結婚だけでなく、家庭の安定や人生の幸福、人間関係など、さまざまな願いを込めて参拝できる神社です。
縁結び会という独自の取り組み
今戸神社の特徴は、縁結びを神様への祈願だけにとどめず、実際の出会いにつなげる取り組みを行っていることです。
神社公式ホームページによると、平成20年(2008年)10月26日に第1回の「縁結び会」が開催されました。神社には良縁を求める相談が寄せられており、参拝者の要望に応える形で始まったと説明されています。
当日は良縁祈願のご祈祷を受けた後、参加者同士が自己紹介を行い、一対一で会話する時間が設けられます。神社の公式案内では、登録者数は8,000人を超え、結婚に至った人もいると紹介されています。
ただし、これは一般的な結婚相談所や婚活サービスとは異なり、神社が出会いの場を提供する宗教活動の一つです。参加条件や申込方法は独自に定められています。
【創建1063年の歴史】今戸神社の由来と浅草に根付いた信仰
招き猫や縁結びの印象が強い今戸神社ですが、その歴史は平安時代までさかのぼります。
源頼義・義家父子が石清水八幡宮を勧請
今戸神社の創建は、康平6年(1063年)と伝えられています。
神社の公式由緒によると、当時の奥羽鎮守府将軍・源頼義とその子である源義家が、奥州の安倍氏を討伐する際に戦勝を祈願し、京都の石清水八幡宮を鎌倉の鶴岡と浅草今戸の地に勧請しました。
これが現在の今戸神社の前身にあたる「今戸八幡」の始まりです。
その後、永保元年(1081年)には、源義家が清原武衡・家衡の討伐に際して再びこの地で祈願したと伝えられています。
1937年に今戸神社へ改称、1971年に社殿を造営
現在の今戸神社という名称になったのは、昭和12年(1937年)です。隣地に鎮座していた白山神社を合祀したことに伴い、今戸八幡から今戸神社へと改称されました。
社殿は江戸時代にも再建されましたが、関東大震災や東京大空襲によって被災しています。その後、昭和46年(1971年)11月に、氏子や崇敬者の浄財によって現在の社殿が造営されました。
創建から現在まで、地域の人々によって信仰が受け継がれてきたことが分かります。
浅草名所七福神の福禄寿も見逃せない
今戸神社は、浅草名所七福神巡りの一社でもあります。祀られているのは福禄寿です。
福禄寿は、幸福を意味する「福」、生活や経済的な安定を意味する「禄」、健康と長寿を意味する「寿」の三つの福徳を象徴する神様です。
今戸神社の公式案内によると、浅草名所七福神巡りは昭和12年(1937年)に始まり、戦時下の中断を経て昭和52年(1977年)1月に復活しました。
縁結びだけでなく、家内安全や無病息災、健康長寿を願う参拝先としても位置付けられています。
【招き猫発祥の地は本当?】今戸神社と豪徳寺の由来を徹底比較
今戸神社を調べる人が特に気になるのが、招き猫の発祥地をめぐる疑問です。
今戸神社のある台東区今戸は、今戸焼という伝統的な焼き物で知られる地域です。一方、東京都世田谷区の豪徳寺にも招き猫の由来となる有名な伝承があります。
今戸焼から生まれた丸〆猫の歴史
台東区の文化財情報によると、今戸焼は江戸時代から明治時代を中心に、今戸やその周辺で製造・販売された焼き物です。
瓦や日用品だけでなく、土人形や工芸品も作られ、江戸の庶民の暮らしを支えていました。幕末には今戸焼を製造する家が50軒余りあったと記録されています。
その歴史の中で注目されるのが、江戸時代末期に流行した「丸〆猫(まるしめねこ)」です。
東京大学埋蔵文化財調査室の研究資料などでは、嘉永5年(1852年)の『藤岡屋日記』に、浅草寺の随身門内にある三社権現の鳥居付近で、老女が今戸焼の猫を販売していたという記録が紹介されています。
この猫は「丸〆猫」や「招き猫」と呼ばれ、商家や茶屋などに客を招く縁起物として人気を集めました。同じ年に描かれた歌川広重の錦絵「浄瑠璃町繁花の図」にも、猫を販売する様子が描かれています。
今戸には、生活苦から愛猫を手放した老婆の夢に猫が現れ、人形を作るよう告げたという伝承も残っています。老婆が今戸焼で猫の人形を作って販売したところ評判になった、という物語です。
この話は今戸の招き猫にまつわる有名な由来ですが、夢のお告げそのものを歴史的事実として証明するものではありません。重要なのは、1852年の文献や絵画に今戸焼の招き猫が登場している点です。
豪徳寺にも招き猫の発祥伝説がある
世田谷区の豪徳寺では、彦根藩主・井伊直孝と一匹の猫にまつわる伝承が知られています。
豪徳寺の公式案内によると、鷹狩りから帰る途中だった井伊直孝が、寺の門前にいた猫に手招きされて立ち寄ったところ、突然の雷雨を避けることができたと伝えられています。
この出来事を喜んだ直孝の支援によって、豪徳寺は寛永10年(1633年)に再興しました。その後、福を招いた猫は「招福猫児(まねきねこ)」として祀られるようになったとされています。
今戸神社と豪徳寺の違いを一覧で比較
| 比較項目 | 今戸神社・今戸焼 | 豪徳寺 |
|---|---|---|
| 所在地 | 東京都台東区今戸 | 東京都世田谷区 |
| 由来の中心 | 今戸焼の土人形・丸〆猫 | 井伊直孝を招いた猫の伝承 |
| 主な年代 | 嘉永5年(1852年)の記録が重要 | 寛永10年(1633年)の寺の再興に関わる伝承 |
| 猫の位置付け | 縁起物として販売された焼き物 | 福を招いた猫を祀る信仰 |
| 現在の特徴 | 縁結び・夫婦招き猫・今戸焼の歴史 | 招福殿・招福猫児の奉納 |
| 発祥説の性格 | 地域の焼き物文化と歴史的記録に基づく説 | 寺に伝わる招福猫の縁起 |
両者の違いは、招き猫という縁起物の成立を考えるうえで興味深いポイントです。
今戸は、実際に招き猫と呼ばれる今戸焼の土人形が販売されていた地域です。一方、豪徳寺は猫が人を招いて福をもたらしたという寺の伝承を中心に、招福猫児の信仰が発展しました。
したがって、どちらか一方だけを絶対的な発祥地と断定するのは適切ではありません。今戸は招き猫の歴史的な製作・販売文化を語る場所、豪徳寺は招福猫の信仰と伝承を語る場所として理解すると、それぞれの魅力が見えてきます。
【石なで猫と縁結守】境内の見どころと参拝者に人気の授与品
今戸神社の境内には、招き猫にちなんだ見どころがいくつもあります。なかでも注目されるのが、夫婦招き猫と石なで猫です。
ナギちゃん・ナミちゃんの夫婦招き猫
今戸神社の招き猫は、一般的な一体の招き猫とは異なり、二体一組の夫婦招き猫が特徴です。
伊弉諾尊と伊弉冉尊という夫婦神にちなんでおり、それぞれ「ナギちゃん」「ナミちゃん」と呼ばれています。
二体の猫が並ぶ姿は、夫婦円満や良縁、人とのつながりを象徴するものとして親しまれています。
一般的な招き猫が商売繁盛や千客万来を連想させるのに対し、今戸神社のペアの招き猫は、恋愛だけに限定されない人との縁を願うシンボルとして特徴的です。
石なで猫は待ち受けにすると願いが叶う?
拝殿周辺の見どころとして知られるのが、石なで猫です。
石で作られた二匹の猫は、夫婦招き猫をイメージしたものとして親しまれています。一般に向かって左がナギちゃん、右がナミちゃんと紹介されています。
参拝者の間では、石なで猫を撫でてから写真を撮影し、スマートフォンの待ち受け画面に設定すると願いが叶うという言い伝えがあります。
ただし、待ち受けに関する話は参拝者の間で広まった楽しみ方の一つです。神社の公式案内で願いの成就が保証されているわけではありません。
大切なのは、石なで猫を単なる写真撮影のスポットとして扱うのではなく、参拝の気持ちを込めて向き合うことです。
縁結御守は初穂料1,000円
今戸神社で良縁を願う人に知られている授与品が、縁結御守です。
神社の公式ホームページに掲載されている縁結び会の案内では、縁結御守の初穂料は1,000円と記載されています。
また、縁結御守には複数の色やデザインがあり、時期によって限定デザインが紹介されることもあります。特定の色や柄を希望する場合は、参拝当日に社務所で確認すると安心です。
招き猫をモチーフにした置物やおみくじ、夫婦猫が描かれた絵馬なども今戸神社ならではの授与品です。
丸い絵馬に込められた縁と円の意味
今戸神社の絵馬には、一般的な五角形とは異なる丸いデザインのものがあります。
この形には、「円」と「縁」を掛け合わせた意味や、角が立たない円満な人間関係への願いが込められています。
夫婦招き猫を描いた絵馬は、恋愛成就や良縁を願う参拝者にも人気です。願いを込めて奉納する際には、自分がどのような縁を求めているのかを具体的に考えてみるのもよいでしょう。
【今戸神社の御朱印2026年最新情報】書き置き・福禄寿・受付時間
御朱印を目的に参拝する人にとって、2026年の授与方法は事前に押さえておきたいポイントです。
御朱印は書き置きのみの対応
2026年11月現在、今戸神社の公式ホームページでは、御朱印について書き置きのみの対応と案内されています。
そのため、御朱印帳を預けてその場で直書きしてもらう形式を希望している人は注意が必要です。
ただし、公式案内には例外があり、浅草名所七福神の色紙と福絵は通常の書き置き対応の対象から除かれています。
御朱印の初穂料や当日の授与内容については、公式ホームページに一律の金額が掲載されていないため、現地の社務所で確認してください。
浅草名所七福神の福禄寿も参拝できる
今戸神社で御朱印を受ける際には、福禄寿に関する授与品も確認しておきたいところです。
浅草名所七福神巡りでは、各社寺でそれぞれの神様に参拝し、色紙や福絵などに御朱印をいただくことができます。
今戸神社は福禄寿を祀る社寺として巡拝コースに含まれています。縁結びの参拝と七福神巡りを組み合わせれば、浅草観光の楽しみも広がります。
2026年の御朱印参拝で注意したいこと
- 通常の御朱印は書き置きのみ。
- 浅草名所七福神の色紙・福絵は別扱い。
- 限定デザインや切り絵御朱印の有無は、その時期の公式案内で確認する。
- 御朱印の初穂料は現地で確認する。
- 社務受付時間内に余裕を持って訪れる。
御朱印を集めている人は、参拝そのものを済ませてから授与所に立ち寄ると、境内を落ち着いて巡ることができます。
【今戸神社へのアクセス】浅草駅から徒歩15分・社務所の営業時間
今戸神社は浅草寺や雷門から少し離れた今戸エリアにあります。浅草観光の途中で訪れる場合は、徒歩時間を考慮した計画が必要です。
住所と最寄り駅
所在地:東京都台東区今戸1丁目5番22号
電話番号:03-3872-2703
最寄り駅は浅草駅です。東京メトロ銀座線、都営浅草線、東武スカイツリーラインの各線を利用できます。
公式ホームページと台東区の観光案内では、浅草駅から徒歩約15分と案内されています。
バスを利用する場合
徒歩での移動が難しい場合は、都営バスや台東区の北めぐりんバスを利用する方法もあります。
- 都営バス「浅草七丁目」:下車後、徒歩約5分。
- 都営バス「リバーサイドスポーツセンター前」:下車後、徒歩約1分。
- 台東区北めぐりんバス「リバーサイドスポーツセンター前」:下車後、徒歩約1分。
特にリバーサイドスポーツセンター前のバス停は神社に近く、歩く距離を短縮したい人に便利です。
社務所・御朱印の受付時間は9時から16時
2026年11月現在、今戸神社の公式案内に掲載されている社務受付時間は次のとおりです。
- 社務受付時間:9:00~16:00
- 休業日:年中無休
- 駐車場:なし
- お手洗い:なし
年中無休とされていますが、御朱印やお守りを受ける場合は16時までに訪れる必要があります。
特に縁結び会の登録については、公式案内で15時30分までの来社が指定されています。一般の参拝と受付手続きでは条件が異なるため、注意してください。
なお、境内参拝の時間と社務所の受付時間は同じ意味ではありません。御朱印や授与品を目的にする場合は、9時から16時の受付時間内を目安に計画するのが確実です。
参拝前に知っておきたい注意点
今戸神社には境内駐車場とお手洗いがありません。車で訪れる場合は周辺の駐車施設を別途確認し、公共交通機関を利用する場合は浅草駅周辺で必要な用事を済ませておくと安心です。
また、猫の日や正月など参拝者が増える時期は、境内や授与所が混み合う可能性があります。静かに参拝したい場合は、行事日や混雑する時間帯を避けるとよいでしょう。
【今戸神社に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:今戸神社のご利益は何ですか?
A1:特に知られているのは縁結びです。伊弉諾尊と伊弉冉尊という夫婦神を祀っていることから、良縁や恋愛成就、夫婦円満などを願う参拝者が訪れます。また、福禄寿を祀ることから幸福、生活の安定、健康長寿を願うこともできます。
Q2:今戸神社は招き猫発祥の地なのですか?
A2:今戸焼の土人形である丸〆猫が江戸時代の嘉永5年(1852年)に浅草で販売されていた記録があり、今戸は招き猫発祥の地の一つとして知られています。ただし、豪徳寺などにも発祥に関する伝承があり、唯一の発祥地が確定しているわけではありません。
Q3:石なで猫を待ち受けにすると願いが叶いますか?
A3:石なで猫を撫でて写真を撮影し、スマートフォンの待ち受けにすると願いが叶うという言い伝えがあります。ただし、これは参拝者の間で広まった習慣であり、公式に願いの成就が保証されているものではありません。
Q4:今戸神社の縁結守はいくらですか?
A4:神社公式ホームページの縁結び会案内では、縁結御守の初穂料は1,000円と記載されています。色や限定デザイン、在庫状況については社務所で確認してください。
Q5:今戸神社の御朱印は直書きしてもらえますか?
A5:2026年11月現在、公式案内では通常の御朱印は書き置きのみです。ただし、浅草名所七福神の色紙・福絵は例外として案内されています。
Q6:今戸神社は浅草駅から徒歩何分ですか?
A6:東京メトロ銀座線・都営浅草線・東武スカイツリーラインの浅草駅から徒歩約15分です。都営バスや北めぐりんバスを利用する場合は、リバーサイドスポーツセンター前で下車すると徒歩約1分です。
Q7:今戸神社の社務所は何時まで開いていますか?
A7:公式案内では9時から16時まで、年中無休です。御朱印やお守りを受ける場合は受付時間内に訪れてください。
まとめ:今戸神社は縁結びと招き猫の歴史を一緒に楽しめる浅草の古社
今戸神社は、1063年創建と伝えられる歴史を持ち、伊弉諾尊・伊弉冉尊の夫婦神を祀る縁結びの神社です。招き猫で知られる理由には、夫婦神にちなんだペアの猫と、今戸焼という地域の伝統文化の両方があります。
招き猫の発祥については、嘉永5年(1852年)の丸〆猫の記録が今戸の歴史を裏付ける重要な手がかりです。一方、豪徳寺には井伊直孝を招いた猫の伝承があり、それぞれ異なる歴史的背景を持っています。発祥地を一つに決めるよりも、江戸の庶民文化と各地の信仰が招き猫を育ててきた過程に目を向けることが大切です。
参拝では、拝殿の夫婦招き猫、石なで猫、丸い絵馬、縁結御守などを楽しめます。福禄寿を祀る浅草名所七福神の一社でもあるため、恋愛や結婚だけでなく、家庭や仕事、健康に関する願いを込めることもできます。
2026年11月現在の基本情報は、浅草駅から徒歩約15分、社務受付9時~16時、年中無休です。御朱印は書き置きのみで、駐車場とお手洗いはありません。
良縁を願う人、招き猫の歴史に興味がある人、浅草の伝統文化を深く知りたい人にとって、今戸神社は訪れる価値のある場所です。参拝前に受付時間と最新の授与品情報を確認し、歴史ある境内で自分にとって大切なご縁に思いを寄せてみてはいかがでしょうか。