嵐の櫻井翔さんの父親は、元総務事務次官の櫻井俊(さくらい・しゅん)氏です。東京大学法学部を卒業後、1977年に旧郵政省へ入省し、情報通信行政の要職を歴任。2015年には総務事務次官に就任し、退官後は電通グループの代表取締役副社長執行役員も務めました。
一方、櫻井翔さんの学生時代には、芸能活動よりも学業を優先するよう父親が配慮していたというエピソードも知られています。2026年現在、櫻井俊氏はどのような立場にあるのでしょうか。旧郵政省時代の実績、電通グループでの役職、マルチメディア振興センターでの活動、家族構成や親子関係まで、公開されている経歴と報道をもとに整理します。
【人物プロフィール】櫻井翔の父・櫻井俊とは?職業と学歴を解説
櫻井翔さんの父親である櫻井俊氏は、芸能界とは異なる行政・通信業界で長年活躍してきた人物です。息子が国民的アイドルとして知られる一方、父親自身も日本の情報通信政策に関わる重要なポストを経験しています。
櫻井俊の基本プロフィール
櫻井俊氏は1953年12月14日生まれ。群馬県前橋市出身で、東京大学法学部を卒業しています。
大学卒業後の1977年4月に旧郵政省へ入省。通信行政を中心にキャリアを積み、総務省の幹部へと昇進しました。
官僚としての専門分野は、郵政行政だけではありません。電気通信事業の制度設計、通信市場の競争政策、ICTを活用した社会基盤の整備など、国民生活や企業活動に直結する政策に携わってきました。
基本情報を整理すると、次のとおりです。
- 名前:櫻井俊(さくらい・しゅん)
- 生年月日:1953年12月14日
- 出身地:群馬県前橋市
- 最終学歴:東京大学法学部卒業
- 大学卒業:1977年3月
- 旧所属:旧郵政省・総務省
- 代表的な経歴:総務事務次官、電通グループ代表取締役副社長執行役員
- 主な専門分野:情報通信行政、ICT政策、通信事業の競争政策
櫻井俊の学歴は東京大学法学部
櫻井俊氏の学歴で特に知られているのが、東京大学法学部の卒業です。
1977年3月に同学部を卒業し、翌4月に旧郵政省へ入省しました。行政官として政策立案や制度設計に携わるうえで、法律や公共政策に関する専門知識を生かしてきたと考えられます。
東京大学法学部から中央官庁へ進む経歴は、当時の国家公務員キャリア形成の代表的なルートの一つです。ただし、櫻井氏の評価は学歴だけで決まるものではありません。長年にわたって通信行政の現場で経験を重ね、最終的に総務事務次官に就任したことが、そのキャリアの大きな特徴です。
【官僚時代】旧郵政省から総務事務次官へ!櫻井俊の経歴と実績
櫻井俊氏のキャリアを理解するうえで欠かせないのが、旧郵政省時代から続く情報通信行政への関与です。
通信業界は、かつて国の制度や事業者の枠組みに大きく左右されていました。その後、通信技術の発達や市場競争の進展によって、行政にも新しい制度設計が求められるようになります。
櫻井氏は、こうした変化のなかで通信政策に携わってきた官僚の一人です。
1977年に旧郵政省へ入省
1977年4月、東京大学法学部を卒業した櫻井氏は旧郵政省に入省しました。
旧郵政省は、郵便事業だけでなく、電気通信行政や放送行政も担当していた中央省庁です。電話や放送など、社会の情報インフラを支える制度を所管していました。
櫻井氏は入省後、通信政策や電気通信事業に関する部署を中心に経験を重ねます。
NTT再編や通信事業の自由化に関わる
櫻井俊氏の実績として注目されるのが、NTT再編や携帯電話業界の競争促進など、通信事業の自由化に関する政策への関与です。
共同通信が2015年に配信した総務事務次官人事の記事でも、櫻井氏について、情報通信部門での長い経験と、NTT再編や携帯電話業界の競争促進に取り組んできた経歴が紹介されています。
通信事業の自由化は、単純に事業者の数を増やすことではありません。事業者間の競争環境を整え、利用者がサービスや料金を比較して選択できる市場をつくることが重要です。
また、技術の進歩に合わせて周波数の割り当てや新規事業者の参入ルールを整備する必要もあります。
2008年には総務省総合通信基盤局長に就任。その後も情報通信政策の中枢で経験を重ね、2012年には情報通信国際戦略局長、2013年には総務審議官(郵政・通信担当)へと昇進しました。
2015年7月31日に総務事務次官へ就任
大きな転機となったのが、2015年7月31日付の総務事務次官への就任です。
総務事務次官は、総務省の事務方トップにあたる役職です。総務省が所管する地方自治、行政管理、情報通信、郵政などの幅広い分野を統括する立場にあります。
櫻井氏の就任は、嵐の櫻井翔さんの父親が中央省庁のトップに就いたという点でも大きな話題になりました。しかし、その背景には、1977年の入省から約38年にわたって積み重ねてきた行政官としての経験がありました。
官僚としての主な経歴を時系列で整理します。
- 1977年3月:東京大学法学部卒業。
- 1977年4月:旧郵政省入省。
- 2008年7月:総務省総合通信基盤局長。
- 2012年9月:総務省情報通信国際戦略局長。
- 2013年6月:総務審議官(郵政・通信担当)。
- 2015年7月31日:総務事務次官に就任。
- 2016年9月:三井住友信託銀行の顧問に就任。
総務省でのキャリアは、通信事業の制度整備からICT政策まで、情報通信分野を軸に展開してきたことが分かります。
【退官後の活動】電通グループ副社長からマルチメディア振興センターへ
櫻井俊氏は総務事務次官を退任した後も、行政で培った知識や経験を企業経営、情報通信分野の振興活動に生かしてきました。
特に注目されたのが、電通グループへの転身です。
電通グループの代表取締役副社長執行役員に就任
2018年1月、櫻井氏は株式会社電通の執行役員に就任しました。
その後、2019年3月には電通の取締役執行役員、2020年1月には株式会社電通グループの取締役副社長執行役員となり、同年3月には代表取締役副社長執行役員に就任しています。
担当領域には、社長補佐やグループ全社基盤の統括などがありました。2021年の電通グループ統合レポートでも、代表取締役副社長執行役員として経営に関するメッセージを発信しています。
官僚から大手広告グループの経営幹部への転身は大きな話題となりましたが、行政と企業の双方で組織運営や制度に関わってきた経歴は、櫻井氏のキャリアの特徴でもあります。
なお、電通グループの代表取締役副社長執行役員は現在の役職ではありません。2022年3月の役員人事で退任しています。
マルチメディア振興センター理事長としてICT分野に関与
電通グループでの役職とは別に、櫻井氏は一般財団法人マルチメディア振興センターの理事長も務めました。
同センターは、情報通信技術の普及や利活用、地域社会の情報化などに関係する事業を展開する団体です。
総務省時代から情報通信政策に関わってきた櫻井氏にとって、ICTの社会実装や普及を支援する活動は、これまでの専門分野とつながる仕事でした。
櫻井俊の現在は?2026年の役職を確認
2026年現在の櫻井俊氏については、過去の役職と現在の役職を分けて理解する必要があります。
一般財団法人マルチメディア振興センターの公式サイトに掲載された2026年7月14日現在の役員一覧では、理事長は吉田真貴子氏となっています。同センターの理事長就任あいさつにも、前任の桜井理事長から職責を引き継いだことが記されています。
したがって、櫻井俊氏を2026年現在の同センター理事長と紹介するのは正確ではありません。
また、電通グループの代表取締役副社長執行役員についても、2022年3月に退任しています。
2026年10月時点で、これらの過去の肩書を現在の役職として扱うことはできません。現在の所属や具体的な活動については、最新の公式役員情報などで確認できる範囲に限られます。
【家族構成】櫻井翔の妹・舞と弟・修、祖父の櫻井三男との関係
櫻井翔さんの家族は、父親の櫻井俊氏だけでなく、母親、妹、弟を含めた家族構成でも注目されてきました。
報道で紹介されてきた家族構成は、父・俊氏、母、長男の翔さん、妹の舞さん、弟の修さんという5人です。
櫻井翔の家族関係を整理
それぞれの人物について、公に伝えられている関係を整理すると次のようになります。
| 人物・組織 | 櫻井俊氏との関係 | 公表・報道されている情報 |
|---|---|---|
| 櫻井翔 | 長男・息子 | 嵐のメンバーとして活動し、俳優・キャスターなど幅広い分野で活躍。 |
| 櫻井舞 | 娘・翔さんの妹 | 日本テレビに勤務していた人物として2016年の報道で紹介された。 |
| 櫻井修 | 息子・翔さんの弟 | 慶應義塾大学でラグビーに取り組んだ人物として報じられている。 |
| 櫻井翔さんの母親 | 妻 | 家族の一員として報じられているが、詳細なプロフィールの公表は限られている。 |
| 櫻井三男 | 父親 | 上毛新聞の元専務・論説委員長として紹介されている。 |
| マルチメディア振興センター | 元理事長を務めた団体 | ICTの普及や情報通信分野の振興に関わる一般財団法人。 |
妹の櫻井舞は日本テレビの記者として報道された
櫻井翔さんの妹として知られる舞さんは、2016年の週刊女性PRIMEや日刊ゲンダイの記事で、日本テレビに勤務する人物として紹介されました。
当時の報道では、2009年に日本テレビへ入社し、司法記者クラブなどで国税担当の記者として活動していたと伝えられています。
ただし、これらは当時の勤務状況に関する報道です。2026年現在の勤務先や役職を示す情報として、そのまま扱うことはできません。
弟の櫻井修は慶應義塾大学でラグビーに取り組んだ
弟の修さんについては、週刊女性PRIMEが2016年の記事で、櫻井翔さんより13歳年下で、慶應義塾大学のラグビー部で活動していた人物として紹介しています。
同記事では、慶應義塾大学卒業後に大手広告代理店へ入社する予定とも報じられました。
兄弟が同じ慶應義塾で学んだという点も、櫻井家に関する話題の一つです。ただし、弟の現在の勤務状況など、本人の詳細な私生活は広く公表されていません。
櫻井俊の父・櫻井三男は上毛新聞の元幹部
櫻井家のルーツとして紹介されることがあるのが、櫻井俊氏の父親にあたる櫻井三男氏です。
公開されている人物紹介や祖母への取材を扱った報道では、櫻井三男氏は上毛新聞の元専務・論説委員長として紹介されています。
つまり、櫻井翔さんの祖父も新聞社で要職を経験した人物です。父の俊氏は行政、息子の翔さんは芸能・報道分野と、それぞれ異なる領域で活動してきた家系として関心を集めています。
【教育方針と親子関係】櫻井俊はなぜ櫻井翔の学業を優先したのか
櫻井翔さんと父親の関係を語るうえで、特に印象的なのが学生時代の教育方針です。
櫻井翔さんは慶應義塾で学びながら芸能活動を続け、1999年に嵐のメンバーとしてデビューしました。学業と芸能活動を両立させた背景には、家庭内での明確な約束があったと本人が振り返っています。
試験前は芸能活動を休み、学業を優先
櫻井翔さんがジャニーズJr.として活動していた時期には、試験の約1か月前から仕事を休むなど、学業を優先する方針が取られていたと紹介されています。
その結果、芸能活動において仕事の機会が減ったり、ステージ上で後列になることがあったとも伝えられています。
当時のアイドル活動では、仕事の依頼や出演機会を優先する選択肢もありました。しかし、櫻井家では学校生活を犠牲にしないことが、芸能活動を続けるための条件の一つになっていたようです。
慶應義塾の公式インタビューで明かした両親との約束
2020年、慶應義塾の公式広報誌「三田評論」に掲載されたインタビューで、櫻井翔さんは学生時代の教育方針について語っています。
インタビューでは、両親との間に学校を休まないという約束があったことや、大学進学後の条件について振り返りました。
「もし嵐を続けるんだったら、留年したら学費は自分で払え」
これは大学進学時に両親から伝えられた条件についての櫻井翔さん本人の発言です。
単に勉強を頑張るように求めるのではなく、芸能活動を継続するならば、大学生活にも責任を持つよう求めていたことが分かります。
櫻井翔さん自身も、幼稚舎から大学まで16年間、留年せずに慶應義塾を卒業した経験を振り返り、学業をおろそかにしないことが芸能活動を続けるための姿勢だったと説明しています。
父親の教育方針は厳しさと自主性の両立
この教育方針の特徴は、芸能活動そのものを否定するのではなく、学業との両立を求めた点にあります。
櫻井翔さんは芸能活動を続けるために学校生活を犠牲にするのではなく、学校生活を守りながら仕事を続ける道を選びました。
大学に進学してからも、留年した場合の学費負担という具体的な条件が設けられていました。本人が自分の選択に責任を持つことを促す教育だったと考えられます。
また、父親だけでなく両親との約束として本人が語っている点も大切です。櫻井家の教育方針を、父親一人の考えだけに限定して理解するのは適切ではありません。
親子関係は良好?公に語られている範囲
櫻井俊氏と翔さんの日常的な親子関係について、詳細なインタビューや家庭内のエピソードが数多く公開されているわけではありません。
一方、櫻井翔さん本人のインタビューからは、両親が芸能活動と学業の両立に明確な条件を設け、本人もその約束を守ってきたことが読み取れます。
父親が国家公務員の幹部として働き、息子が芸能界で活動するという異なる環境にありながら、家庭内では学業や責任を重視していたことがうかがえます。
親子関係を評価する際には、華やかな家系というイメージだけでなく、本人が語った具体的な教育方針や行動に注目することが大切です。
【プロの結論】櫻井翔の父をめぐる噂と事実、知っておきたい3つのポイント
櫻井翔さんの父親について調べると、元官僚、東大卒、電通副社長、財団理事長など、さまざまな肩書が並びます。しかし、情報を正確に理解するためには、過去の実績と現在の役職、本人の発言と周囲の報道を区別する必要があります。
誤解1:櫻井俊は2026年現在も総務事務次官なのか
総務事務次官は、2015年7月31日に就任した過去の役職です。現在も総務省に在籍する現職官僚というわけではありません。
退官後は三井住友信託銀行の顧問、電通グループの経営幹部などを経験しています。
誤解2:櫻井俊は現在も電通グループ副社長なのか
電通グループの代表取締役副社長執行役員を務めていたのは2020年から2022年3月までです。2022年3月の退任後も、過去の肩書を現在の役職として紹介する情報には注意が必要です。
誤解3:マルチメディア振興センターの理事長を現在も務めているのか
こちらも現在の役職ではありません。2026年7月14日現在の公式役員一覧では吉田真貴子氏が理事長となっており、公式の就任あいさつでも前任者として桜井氏の名前が記載されています。
櫻井俊の経歴を評価する3つの判断基準
- 役職の時期を確認する:総務事務次官、電通グループ副社長、財団理事長などは、それぞれ就任・退任時期を区別する。
- 行政での実績を確認する:東京大学卒業という学歴だけでなく、NTT再編や通信事業の競争促進など、実際に携わった政策を見る。
- 家族情報と本人の発言を分ける:妹や弟の情報は報道による紹介とし、親子関係や教育方針は櫻井翔さん自身のインタビューを重視する。
櫻井俊氏のキャリアで興味深いのは、行政官として培った専門性が、退官後の企業経営やICT関連団体での活動にもつながっている点です。
また、息子の櫻井翔さんが芸能活動と大学生活を両立できた背景には、家庭内での明確なルールがありました。高い学歴や華やかな経歴だけでは見えてこない、櫻井家の教育に対する考え方を知る手掛かりになります。
【櫻井翔の父】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:櫻井翔の父親は誰ですか?
A1:櫻井翔さんの父親は櫻井俊氏です。東京大学法学部卒業後、旧郵政省に入省し、2015年7月に総務事務次官へ就任しました。
Q2:櫻井翔の父親は現在何をしていますか?
A2:櫻井俊氏は総務事務次官や電通グループ代表取締役副社長執行役員、マルチメディア振興センター理事長などを歴任しています。2026年7月時点で同センターの理事長は吉田真貴子氏に交代しており、過去の役職と現在の肩書を区別する必要があります。
Q3:櫻井翔の父親の学歴は?
A3:1977年3月に東京大学法学部を卒業しています。同年4月に旧郵政省へ入省しました。
Q4:櫻井翔の父親はどのような教育方針でしたか?
A4:芸能活動と学業の両立を重視していたと報じられています。櫻井翔さん本人も、両親との間で学校を休まない約束をしていたことや、大学で留年した場合には学費を自分で負担する条件があったことを慶應義塾のインタビューで明かしています。
Q5:櫻井翔には妹や弟がいますか?
A5:はい。妹の舞さんと弟の修さんがいると報道されています。舞さんは日本テレビ勤務、修さんは慶應義塾大学でラグビーに取り組んだ人物として過去の報道で紹介されています。
まとめ:櫻井翔の父・櫻井俊は通信行政を支えた元エリート官僚
櫻井翔さんの父親である櫻井俊氏は、東京大学法学部を卒業後、1977年に旧郵政省へ入省し、約38年にわたって行政官としてキャリアを積み重ねました。
NTT再編や携帯電話業界の競争促進など、通信事業の自由化に関わり、2015年7月には総務事務次官に就任。退官後は電通グループの代表取締役副社長執行役員を務め、さらにマルチメディア振興センターの理事長としてICT分野にも携わりました。
2026年現在は、電通グループ副社長やマルチメディア振興センター理事長という過去の肩書を現職として扱わないことが大切です。
また、櫻井翔さんの学生時代には、両親が学業を重視する方針を示し、本人もその約束を守りながら芸能活動を続けていました。
櫻井俊氏の歩みは、単に有名芸能人の父親という枠に収まるものではありません。通信行政の専門家として制度づくりに関わり、民間企業やICT関連団体でも経験を生かしてきた人物です。櫻井翔さんの家族について知る際も、父親自身の実績と、本人が語った教育方針の両面から見ることで、櫻井家の背景がより立体的に理解できます。
主な確認資料
- 電通グループ公式の役員略歴・人事資料
- マルチメディア振興センター公式の役員一覧・理事長就任あいさつ
- 慶應義塾「三田評論」櫻井翔さんインタビュー
- 共同通信配信記事、月刊テレコミュニケーションの櫻井俊氏インタビュー
- 週刊女性PRIME、日刊ゲンダイの家族に関する過去の報道